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日記ときどき読書感想文

プラス/マイナス思ったことをつらつらと。そのほとんどは思いつきです。

自分なりの答え

生きる意味やら、生きがいやら、どうしたら満足して死ねるかとか、これからの生き方をどうしていくのが自分にとって心地よさをもたらすのか、ここ最近本を読み他者の考え方を見たり、何回もどうしていくべきかと考えたりしてきた

 

孤独論 逃げよ、生きよ

孤独論 逃げよ、生きよ

 

 

 

仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える (幻冬舎新書)
 

 

 

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

 

 

上記含め、それ以外の本の知識の蓄積と、悶々と思考を巡らせてきた結果、

もう少しで答えが出そうな感覚がある

言い換えると、もう少しで心の底から理解できそうな気がする

 

知るのと理解するのは違うと思っている

本を読んだり、考えるというのは、知るということであって、心から理解しているとはいえない

それらが蓄積し、または類似の経験をすることで、感覚で理解するようになってくる

それは本の書いている内容と同じかどうかはわからない

しかしどの本にも共通する点というのはある、それは真実に近いものだと思う

 

そういう段階にもう少しでたどり着きそうな感じがある

もやっと、いや、ふわっとするような自分なりの答えに近づいている感覚がある

 

頭ではなくてもっと心に耳を近づけて心がどうしたいのかを理解したい

しかし、頭がそれを邪魔してくる

頭の言うことにはもう散々従ってきたから、君の番は一旦終わりにしたい

心の言うことが聞きたい

頭はその次に構えて、物事をサポートしてくれればよい

 

心に従うことが冒頭に述べたことについての、自分なりの答えにたどり着くと思う

もう少しだ

部屋の掃除に熱が入り、不要なゴミを見極め軽い断捨離を行った

掃除してなかった部分も掃除して、ほこりっぽい部屋を改善した

空気清浄機も買って恒久対策もした

 

家具のレイアウトも変更し、部屋の模様替えも行って、今まで気に食わなかった部分も改善するために、いろいろと購入した

数年間そのままだった布団カバーも、新しく購入して変更した

色々買ってここまでの改善で約2万使った

2万でかなりのリフレッシュとなった

 

部屋の大部分を改善し、心機一転となった

掃除、購入して変える作業と結構疲れた

ゴミも大量に出た

禊は終わった

人間の生活について考えること

前も書いたけど、最近よく考えるのは、死ぬ間際人生に満足した、もしくは特に後悔はないと思えるにはどういう生活をしていけばいいかということ

 

数年前までは成長できる職種や仕事について自分を高めていきたいという、意識高い気持ちを持っていたけども、果たしてそれをすることで最後に満足できるだろうかと考えたら、はっきりしないけど、なんというかそうでもない気がしている

それは仕事を人生の一部から除外してしまうような考え方になってしまったからのような気がする

なんというか仕事を人生の充実の要素として見ることをやめたというか、やめるようになってしまったというか

 

とにかく世間で言われるような、こうすることがいいんだということに対して疑問を持ってしまう

 

友人は多い方がいい、海外にたくさん行ったほうがいい、早起きした方がいいとか、これをしなければならないとか、これをしないと損だ、これをするとお得だとか

 

前まではそれに対して大して疑問ももたず、そういうもんだと思いながらそうなれればいいとか思っていたけど、ここ最近はそういうのを見る度、それをやることで最後に満足できるだろうかと考えると、そうでもないんじゃないかと感じる

それは本質のようで、本質ではないような感じがしてくる

 

なにかと死ぬ間際どう思うだろうと想像してしまう

歳のせいなのか

なんなのか

最近よく思うこと

最近の芸能ニュースで清水富美加が取り沙汰されているが、

彼女は最後のブログで、たぶん仕事が苦痛なのが原因で書いていたのだと思うが、

生きている気がしませんでしたという文章を書いている

出家とか周りの迷惑とか細かい事情は置いといて、仕事が苦痛で生きた心地がしない毎日を送っているというのは、なんだかとても共感した

彼女とはまったく状況も年齢も異なることだらけで同じではない部分が多いと思うけれども

 

 

自分も仕事が全く面白い面を見出すことができず、その他いろんな原因でとても苦痛である

さっさと辞めてしまえばいいんだけども、自分の弱さゆえできない

しかしこう毎日が辛いのが続くと、生きた心地がしてこなくなっている

なんというか感情が死にかけている、いや、もう死んでいるかもしれない

 

とりあえずサラリーマンなんで、このまま我慢し続けたら、まあまあ給料はもらえて、運よく定年まで働けたとして、その後何が残るだろうかとよく考える

もちろん我慢し続ける中で、いつか転機が舞い降りて、盛り返すということもあるかもしれない

でもいつになるかはたまた訪れるのかはまったく予想がつかない

定年まで苦痛だったとして、いよいよ解放された後、自分の気持としてどう思うんだろうって想像する

幸いお金には困らなかった、でも25年〜30年生きた心地がしなかった

そんな風にならないだろうか

って考えると、自分はいったい何をしているのか

何のために生きているのかとなる

お金のためにどこまで我慢し続けるべきなんだろうか

 

 

たぶん自分は極端に考えすぎなんだよなあとは思うものの、

自分はいったいどうしたら生きている心地ってやつをまた感じられて毎日が楽しくなるのか

答えがでないし、わからない

スマホでVRするやつを捨てた

そういやこの前書いた買わなくてよかったもののスマホでVRするやつを捨てました

 

mujou03.hatenablog.com

 

この銭泥棒となじりつつ、ゴミ袋へサクッと入れて所定の場所へ

合掌。

今日はダメな日だった

今日は調子悪かった

気分が悪い

 

何故かぼくの中の良心が頑固で休めばよかったのに休まなかった

その結果ものすごい苦痛だった

 

とても疲れた

何で生きているのだろうかとまた自問自答してしまった

 

休む

休みたい衝動に駆られる

身体が欲している

 

周りの目が気になるか

いや、気にならない

人は他人のことはそれほど気にしていないし、気にしても数分したら忘れていたりする

 

ぼくはもう自分がやりたくないことは極力やらない選択をしていくことを意識している

それが死ぬ間際、自分の人生を振り返って後悔することを減らすことになると思うので

 

じゃあいつ休むのか

今でしょ